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静岡・劇物混入少女の心理

 静岡県伊豆の国市で、県立高校一年の女子生徒(16)が、劇物タリウムを使い母親を殺害しようとした殺人未遂事件は、大きな衝撃を社会に与えた。母親が薬物で次第に体調を崩していく様子を観察する姿は、異様に映る。少女は容疑を否認しており、動機なども判明しないが、なぜ毒物にのめり込んでいったのか。毒殺犯罪に手を染める心理とは−。


 「(表情が乏しく)『爬虫(はちゅう)類』と呼ばれることもあったが、特別いじめられているという印象はなかった。後ろ髪をとても長く伸ばしていたり、つめをとがらせたりしていて、見た目はちょっと変わっていた」。小学時代の少女を知る後輩の中学三年男子(14)は印象をこう話す。


 近所の主婦も「おとなしい子。父親はふすまやブラインドなどを手がける仕事をしていた。家族でもめるなんてことを一度も聞いたことがないくらい、おとなしい一家だった」と言う。


 少女の祖父も信じられない様子で「これは事故なんだ。あんたたちは何も分かっちゃいないんだ」と強い口調で話す。


 「いじめはなかった」と少女が通う高校の校長は言う。おとなしい少女だったようだが、化学については強い関心を示した。同校長は会見で「中学生のころから実験をしていたようだ。化学が非常に好きな子がいると聞いていた。今年四月、本校でOBの東大農学部の先生を招いた講義があった。タンパク質に関するものだったが、彼女は非常に突っ込んだ質問をしていた」との説明をした。

■友人に『タリウム飲ませようか』

 同高校二年の女子生徒は「彼女は同じ一年生の子に『タリウム飲ませようか。手足しびれるから』って言ったんでしょう。その子は断ったそうだけど」と高校でもタリウムという言葉を囗にしていたようだ。


 少女が通った中学校の校長も「非常に優秀な生徒で、化学に大変興味をもっていた。人とあまり群れて行動するタイプではなく、体育会系ではなかったので、手芸などをする創作部に所属していた。親子関係にトラブルはなく、いじめもなかった。(六月から書き始めた)ブログ(インターネット上の日記)同様、普段から僕と自分のことを呼んでいたと思う」と振り返る。


 少女が書いたというブログには「全身に発疹(ほっしん)が起こり、特に顔面に症状が強く出ています」「ほとんど動けなくなってしまいました」「幻覚を見始めたらしい」と、母親が衰弱していくさまを冷静に観察している。一方で「頭が痛いです。エフェ剤の副作用でしょうか」「ベンゼンヘキサクロライドを昨日合成しました」など自ら薬品を服用したり、調合するなど化学知識の豊富さがうかがえる。


 タリウムは一八六一年に発見された比較的新しい劇物だ。強い毒性を持つ重金属で、大人一人分の致死量は一グラム。摂取して数時間後に嘔吐(おうと)が始まり、数日して指先などに激しい痛みやしびれが出る。最悪の場合は一週間ほどで心臓まひや呼吸困難で死に至る。症状はヒ素中毒に似ているが、脱毛がある点が特有。殺鼠(さっそ)剤などに使われてきた。


 神奈川大学常石敬一教授(生物・化学兵器)は「日本で生産されるタリウムは年間四十トン程度。その九割は特殊ガラスの製造に使われ、ありふれた劇物ではない。無色無臭で誤食する事故はあっても、事件に使われたケースは少数だ」と指摘する。


 少女はブログで薬局で購入したと明かしているが、同高校近くの薬局経営者は「店にタリウムは置いていない。この付近には六軒の薬局があるが、聞いても置いていないと言った。タリウム劇物だから『毒物及び劇物譲受書』に譲受人の名前と職業、住所を書いてはんこを押してもらわないと販売できないはず。高校生と感じたら身分証の提示を求める」と通常は安易には入手できないようだ。


 だが、犯罪に使われている。国内では一九九一年、東京大学医学部付属動物実験施設の技官がタリウム中毒で死亡した。逮捕された同僚の技官は警察の取り調べに、「顔を合わすのも嫌で、いつかタリウムを飲ませてやろうと思っていた」などと供述、コーヒーにタリウムを混入させたことを認めた。


 今回の少女は、グレアム・ヤングという人物に傾倒していたという。彼は十四歳で継母を毒殺したのを皮切りに、友人や職場の同僚などを毒牙にかけた英国の犯罪史上最も知られた毒殺者だ。被害者の症状を日記につけるという異常な行動もとっている。


 毒物事件は多数あり、目的も違い、毒物犯罪の犯人を類型化することは難しいが、「『毒殺』で読む日本史」の著者でジャーナリストの岡村青氏は「じわじわと毒が体を蝕(むしば)んでいくために、毒殺は誰が仕組んだのか発覚しにくい。毒殺からみえてくる犯人像は、なぶり、いたぶりながら徐々に目的を達成していこうとする陰湿な精神構造の持ち主だ」と話す。

■女性にも多い『弱者の犯罪』

 毒物犯罪は「弱者の犯罪」とも呼ばれる。「力がない人でも実行できる。女性にも多い。攻撃性が前面に出ないことから、周囲からすれば、危険な人物となる」と話すのは、上智大学名誉教授の福島章氏(犯罪心理学)だ。


 東海女子大長谷川博一教授(臨床心理)も、同調しながら「小さな行為で大きなことができる。頭で行う犯罪でもある」と話す。


 少女は、猫を毒殺していた疑いがある。福島氏は「思春期で、性的な衝動があり、動物虐待などに向かって行ったと思う」と分析した上で、「動物虐待は、発展すれば広い意味で快楽殺人につながる可能性がある」と話す。


 少女のこうした傾向や、母親を観察していた点に触れ、「科学少女で、人体に作用する薬物に関心があった。関心を持つと、実際に実行し、観察し、記録したくなる。実験型志向がある人は、他人の迷惑を顧みず、自分の好奇心を満たすため実行する」と指摘する。


 一方、少女がブログで自らを「僕」、「僕の中に居る彼女の存在を感じなくなりました」などと記していることから、福島氏は「女性的な同一性を確立するプロセスが混乱状態にあったのかもしれない」と話す。


 長谷川氏も「彼女本来の心から、男子のような心が切り離され、独立して動いていたのではないか。解離性同一性障害の亜種のような状態ではないか」と話す。少女がブログで「犬を蹴(け)ったら、…(略)はいずり回った。まるで本当の犬みたい」と記していた点を「リアリティーのある世界にいないのでは。少女は、否認しているようだが、開き直って否認したり、うそをついているのではなく、覚えていないのではないか」と推測する。


 同高校の校長は「(友だちは)少しはいたが、コミュニケーションを嫌うタイプだった」と少女のことを話す。長谷川氏は臨床経験をもとにこう話す。「少女のようにブログで、『僕』と書く女子中高生が増えている。普段見せている顔と正反対の顔を持つ。確定診断は難しいが、二重人格のような子も増えている。ブログなど、別人格をつくりやすい環境も整っている」